残念


引用ここから

 戦後の地方政治の利権構造に風穴をあけると期待された、小池百合子東京都知事が、単なる政局の人であったことが、はっきりしてきました。

中略

 ところが、現実には、日本国民の五十パーセント以上が、マスメディアが主導する政治的勢力の主張に反して、安倍政権を支持する状況が続いています。はっきりしているのは、日本人の多くが、反グローバリズムの立場で、世界との均一化には強い抵抗を示しつつあるということです。文物や情報の交流は自由でよいけれども、移民には反対という、平成の鎖国という政策を掲げる政党が出現しない理由を、そろそろ、一般の日本人が考えるべきときが来ているともいえます。

 いまの政治の現場にいる人間に、決定的に欠落しているのは、世界の真実と向き合う勇気なのです。

政治家や評論家が、マスメディアの希望するストーリーを語り続けて、明日も生きられると信じられる時代は、すでに終ったといってもいいのでしょう。

 精神界は、こうした時代がくることをくり返し警告してきました。戦前の大日本帝国は、ほとんど全世界を敵にして、あの戦争に突入したのですが、明治維新から、一千九百四十五年の敗戦に到る時空と、敗戦後から、今日に到る日本の時空は、同じものではないのです。そして、この二つの時空と、江戸時代末までの日本の時空も断続させられています。

 精神学は、その時空の断続を、ひとつの物語として再統合するためにこの世に降ろされたものですが、その天の意志は、はじめに日本で、右と左に民は分けられるという聖書の予告を、現実化するものにほかなりません。

 死んだら終わり文明の信奉者たちには、死んだら終わり、という運命が待っています。いまの東京は、その死んだら終わり文明の象徴として存在しています。その運命を現実化するために、都民が選んだのが現都知事だとすると、二千二十年のオリンピック後の東京または日本の姿に、日出ずる国のイメージはなくなっているのかもしれません。

二千十七年六月十五日 積哲夫 記

引用ここまで

http://www.godbrain.com/gb/letter/

 結果としては東京都民は愚かにも小池を選んだことになるけれど、私も当時の選択肢としては、新宿の一等地に朝鮮学校は建設しないという一点だけでも小池を支持する意味があった。

 小池が都民ファーストの会を引っ張っているが、そこに入るのは民進党離脱者や訳の分からない候補が多いようだし、何よりも小池の思想は「小池ファースト」である。

 都民がダメでも、日本国民はまだまだ「死んだら終わり」の思想には強く反対している。それが安倍政権支持者が国民の大半だという徴である。

 民進党を全力で応援するダマスゴミの煽動は効かなくなってきた。それは、森友、加計の「学園シリーズ」騒動では、民進党とダマスゴミのタッグで仕組んだ悪辣な捏造であることを国民の多くが知ったからだ。

 むろん、室井佑月みたいな超絶馬鹿左翼もいることにはいるし、親の代からの狂惨党支持者もいる。そういう連中は、何時までも「死んだら終わり」に取り憑かれていることだろう。

 私達一般人が、米国が押しつけた、二度と米国に抵抗しない人間を作り出す、現在のあり方に意義を唱え続けることは大切なことである。それは、直ちに反米を意味するものではないことは、賢明な人ならすぐに理解できることだ。

 軍事同盟、資本主義、民主主義などの共通の価値観を持ちながらも、日本は日本独自の生き方を模索しなければならない。従米のみでは日本は生きていけないことを知りつつ、死那や朝鮮の様に共通の価値観を持てない民族、国家とは距離を大きくおくことの大切さも考えておく必要がある。

 米国には未だに多数の反日勢力がいる。それは白人優越の価値観から来る反日もあるし、死那と米国はどちらも金汚いので共通した考えが持てるというところから生まれる反日もある。大東亜戦争で負けた日本が米国に偉そうにものを言うなという反日もある。更に、キッシンジャーみたいな病的反日米人もいる。キッシンジャーが如何に日本が嫌いかあるところから引用する。

引用ここから

いささかゴシップめいて恐縮であるが、ここにキツシンジャーとブレジンスキーの類似点と相違点について少し解説したい。

二人ともヨーロツパ生まれで、北米に移住して政治学者となり、大統領のアン是名保障政策補佐官を務めた。二人とも1970年代にーーニクソン政権とカーター政権においてーーー日米関係よりも米中関係を優先する外交を進めた。

彼らは、最近の米国で強くなってきた、「中国脅威説」、に対して、ムキになって反論している。米中関係を優先して強化した自分たちの、「歴史に残る業績」、が、「長い目で見れば、アメリカに対抗する覇権国・中国を作り出す結果になってしまった。

キッシンジャーやブレジンスキーの対中宥和政策は、米国外交にとってマイナスの結果となった」、と批判されていることに反発しているのである。

二人とも退官後、米中関係から経済的利益》、と判断すると、非常に積極的で気配りのきいた、チャーミングな接待攻勢を,長期間にわたって継続する。中国政府は、カネがほしい外国人には何度も繰り返しカネを渡し、女が欲しい人物には13~14の少女から中年の人妻まで好みノタイプの女をあてがい、名誉が欲しい人物には外交関係や文化交流で目立つ地位をつけてやり、栄誉や勲章をあてがい、華やかな宴会を開いてやる。 中国共産党はやっぱ汚いわ。

1973年2月、毛沢東とキッシンジャーが真夜中に対談していたとき、毛沢東が、「女が欲しいか?中国の女が欲しければ何人でもやるから、欲しいだけ要求してくれ」、と言ったのは有名な話である。

筆者がリリー・元中国大使から聞いた話によると、著名なジャーナリストや進歩的、「インテリ」、で親中的な記事や評論を発表していた者の中には、中国共産党から何人もの少女を、「玩具」、として供給され、「共産党に都合の良いことばかり書きまくっていた者がいた」、という。日本の政界にも、中国共産党からカネを貰ったり、「玩具」、の配給を受けたりして、日本国民に対する裏切り行為を実行している、「大物」、政治家がいる。 ハニトラなんかかかるんじゃねーよ、この色狂政治家爺!

キッシンジャーとブレジンスキーはプライドの高いエゴイストであるから、他人の虚栄心を巧みに操る才能を持つ中国人にとって操縦しやすいタイプの外国人である。

二人とも中国政府首脳部から反日PRをたっぷり吹き込まれ、米国に帰国してから、その反日PRをそっくりそのまま復唱している。彼らは自惚れの強い人物であるから、「私は中国共産党に利用されている」、という自覚がまったくない。

政治学者だが、キッシンジャーについて、「ヘンリーの性格には、少し病的なところがある」、と述べていた。キッシンジャーには、人に苦痛を与えることを何とも思わないだけでなく、むしろ人を苦しめることに密かにサディスティックな喜びを感じるという、「病的なところ」、がある、というのである。ブレジンスキーもエゴイストだが、彼の性格にはそのような、「病的なところ」、はない。

筆者はこの二人と日米関係について話をしたことがあるが、キッシンジャーからは不快なものを感じた、彼が、日本人をほとんど生理的に嫌悪・軽蔑していることが感じられるからである。それに較べてブレジンスキーはからは日本人の外交的分析能力の欠如と臆病さを馬鹿にしていることは感じられたが、日本に対する敵意や嫌悪は感じられなかった。

2002年の末、日本の著名な政治家と筆者がブレジンスキーとプライベートな席で北朝鮮核ミサイル問題に関して、議論していた際、ブレジンスキーは、「日本は大国なのだ。日本も、そろそろ核を持つことを考慮すべきではないか」、と語った。キッシンジャーは口が裂けても、日本人に向かって、「日本も、核を持つことを考えたほうがよい」、などとは言わない。ただし、ブレジンスキーは、プライベートな場では、「日本も、そろそろ核を持ったほうがよい」、と言うが、公式の場では、「日本は核を持つべきではない」、という立場を維持している。彼のスタッフによると、そう言わないと中国政府の官僚が猛然と抗議してくるのだそうだ。

国際政治学者としての能力は、キッシンジャーが上である。ブレジンスキーは、独創性に欠けた単なる秀才にすぎないが、キツシンジャーには、「歴史の流れに対する洞察力」、がある。

筆者は若い頃、キッシンジャーの分厚い著作を何度も繰り返し読んだ思い出がある。彼の思考プロセスの巧妙さと外交分析の鋭さに魅せられたからである。キッシンジャーの著作の中国外交イスラエル外交に関する記述には嘘が多いが、そのことを十分承知の上で彼の著作を読めば、日本人が彼の外交分析のアプローチから学べることは多い。ブレジンスキーの著作は読む価値のないものだ、というわけではない。しかし彼の著作からは、ケナン、モーゲンソー、ドゴール、キツシンジャー、ウォルツ、ハナンティントン等の著作を読んだときに読者が感じる、洞察力と思考力のオリジナリティは見出せない。

親方・・昔、キッシンジャーと周恩来が、「日本はここまで経済発展し、経済大国となり過ぎた、もっと前にブレーキをかける、(妨げる)、対策を講じるべきだった」、と語ったというのを読み、彼らの立場からすれば当然の発言とは言え、日本人の私としては、《チキショー!》、と怒りがこみ上げ、不愉快になると同時に、こんなの連中を崇め、日本国家と国民を蔑み、貶め、その三下、下ッ引き役割をやり続けた、「朝日」、(築地カルト・チョーニチ)、に対して怒りがこみ上げてきました。

キッシンジャーも、88歳、いい加減にくたばれよ、くそ爺。

引用ここまで

https://plaza.rakuten.co.jp/intllovelife/diary/201111180000/

 死那人はユダヤと同じく金儲けしか考えない。人権大好きの米国は死那狂惨党がどんなに酷いことをチベットやウイグルで行っても知らん顔である。

 私は個人的には金、金、金という姿勢も生き方も大嫌いである。金は生きられる程度にあればそれで十分幸せだ。

 さて、娘イバンカ夫婦は死那と仲よく商売をしているし、キッシンジャーがわざわざ老体に鞭打って習近平と話し合いに行ったトランプ政権が、いつまで日本を大事にしてくれるのか。それも、米国の要求に見合った「金」の出し方次第であることも知っておかねばならない。「金」が出せなければ、従米ポチに徹するしかない。死那狂惨党に支配されるよりは、ずっとましだからだ。

 更にもう一つ。突然だが、皇室のことも心配だ。今上天皇がご健在の間は良いが、あの皇太子とその妃が次世代の天皇、皇后になるのかと思うと、日本は心許ないとしか思えない。その時点で日本が終わる。秋篠宮ご夫妻なら、全身全霊で皇室を崇拝したいけれど。

孤独な自獄論者

何にも縛られず思い付くままに好き放題に書いています。 物言わぬは腹ふくるるわざなり

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