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引用ここから
人類が、これまで継続が出来た理由の1つが、
「コノ世は、自分の思い通りには成らないこと」
これの御蔭で、人類は絶滅せずに継続が出来たと感じます。
なぜ、そう思うのか?
極端な例では、
「あの人が嫌い、死んで欲しい」 ⇒ パタンと、相手が死んでしまう。
多かれ少なかれ、人間の思いが直ぐに叶う世界では、生活の秩序が乱れ、無法地帯となり、その世界は滅ぶことでしょう。
だから、今の自分の思い通りに成らない、何も自分の希望が叶わないことも、
逆の視点では、自分を長生きさせてくれている原因だと言える可能性を、知って置いてください。
思い通りに成らない = それへの努力の継続が有れば、素晴らしい修行になります。
そして人間とは、何かの思いが叶っても、直ぐに次の「思い通りに成らない」が生じることに注目して欲しいのです。
これの繰り返しなのです。
だから、今がどんな状況でも、それでも自分が生かされていることに満足が出来れば、
「自分の思い通りに成らないゲーム」も、終わり始めます。
自分の生活が、心が、安定し始めます。
人は、今の生活や、自分が選択したことを「最悪だ!」「なんて日だ!」
と思いがちです。
でも、これは、もし他の道を選択していれば「どうなっていたか?」、を知らないだけなのです。
より最悪だったかも知れませんよ。
・ 誰もが常に、自分の予算の中での最善を選択した上での今である。
これが、霊的な真実なのです。
自業自得の法則で、必ずそう成るのです。
誰もが、自分の中での最善の結果が今なのです。
他の見えた選択肢は、もしソレを経験した場合、より最悪だった。
他の選択は、自分の予算に合わないために、命懸けに成った。
こういう視点が在ることが参考に成れば幸いです。
自分が選択「した」、ことに関しては後悔しないで良いです。
自分の予算の中では、それが因果の昇華のために最善だったのです。
過去にした選択に関しては、悔やんだりして振り返らないことが、これからのために大切です。
前を見ましょう。
「人間万事塞翁が馬」(にんげんばんじさいおうがうま)
・ いったい何が幸いするのかは、未知であること。
・ 最悪だと思えた選択が、後になれば最善だったことが分かること。
今がどんな状況でも、希望を持って頑張りたいものです。
誰もが生きる期間は、時間限定です。
誰もが、大いなる修行者です。
だから、何が有っても、ソレが面白くて、大切なことであるのが真相なのです。
引用ここまで
今日はいつもと全く違う面からアプローチをする。
人生は思い通りにはならない。
そんなことは、理論上でも、経験上でも、だれでもみんな分かっているはずだ。
だが、それを無視して思う通りにしようとする人はいるものだ。
私達は、そのように振る舞う人を見て、なんと愚かな人だと心の中で嘲る。
例えば、他人の資産を奪ってでも大金持ちになろうとすれば、警察に追われ、指名手配を受けることになる。
追われることで逃亡生活に疲れ切って、最終的にどうにもならなくなる。
もちろん、逃げ切れる場合もあるだろう。
しかし、そんな僥倖に恵まれることなど滅多にない。
あるいは女を次々に自分のものにしたいと思っても、相手に嫌われればどうしようもない。
まさか、強姦魔になるわけにもいかない。
だから、ほとんどの人は、自分の思いを諦めて、現状で満足しようと、考えを改めるのが普通である。
しかし、中にはあくまでも自分の思いを通そうと振る舞う人がいる。
そのような人はたいていの場合得手勝手であり、他人の気持ち汲み取らないので、人に嫌われる。
これは、人間だけではなく、あらゆる組織、民族、国家にも同様に当てはまる原則である。中華思想にどっぷりと浸かった死那狂惨党を見ていると、まさしくこの思い通りにならないことを思い通りにしようとしている愚劣な国家だとしか思えない。
中華思想と華夷序列による世界支配を本気で推し進めようとしているのだから。
また、小中華思想に染まった南北超賤も同様である。
衰えたとはいえども、世界一の経済力と軍事力を持ち合わせる米国と戦っても勝ち目などない。
戦争をするには莫大な資金が必要である。
その資金力にものを言わせて、武器を調達し、弾薬を整え、食糧、燃料、軍艦、戦闘機、ミサイルなどを用意してから、戦争の準備をするのである。
南北超賤にはそんな資金力はない。
自分の国の国民から金を巻き上げる事も出来ない国なのだ。
死那狂惨党も同様で、借金漬けの体質を改めない限り、戦争に使う金の用意などできはない。
だから、米国の忠告を聞いて、大人しくしているのが、生き延びる道なのである。
いつになったら、そのことに気が付くのだろうか。
まあ、さほど遠くない未来にそんな日が来るだろうと思う。
つまりは、経済的に行き詰まるときが、そのように自分の思いを諦める時である。
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